天才!信長から歴史の散歩道へ


by tyuzuki715
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信長65・・・本能寺の変・・・15

   フロイスの「日本史」・・本能寺

「兵士たちはかような動きがいったい何のためであるか訝り始め、おそらく明智は信長の命に基づいて、その義弟である三河の国主(家康)を殺すつもりであろうと考えた。
(中略)

明智の軍勢は御殿の門に到着すると、真っ先に警備に当たっている守衛を殺した。

内部では、このような叛逆を疑う気配はなく、御殿には宿泊していた若い武士達と奉仕する茶坊主と女達以外には誰もいなかったので、兵士たちに抵抗するものはいなかった。

そしてこの件で特別な任務を帯びた者が、兵士とともに内部に入り、ちょうど手と顔を洗い終え、手ぬぐいで体を拭いている信長をみつけたので、直ちにその背中に矢を放ったところ、信長はその矢を引き抜き、鎌のような形をした長槍である長刀と言う武器を手にして出てきた。

そして暫く戦ったが、腕に銃弾を受けると自らの部屋に入り、戸を閉じそして切腹したと言われ、また他の者は彼は直ちに御殿に放火し、生きながら焼死したと言った。

これがフロイスの「日本史」であるが「本城惣衛門覚書」と同じく、明智方の兵士が攻撃対象を信長ではなく家康と思ったと記載されている。

★★★
あれだけ猜疑心が強く幾多の危機を乗り越えてきた信長であるが、この時は全く無警戒であった。

単なる慢心であったのだろうか。そうであるなら俗に言う魔がさしたと言う以外に無い。やはり信長と雖も人の子であると言うことだろう。

それとも光秀以外に裏参謀がいて信長に疑念が起きないよう周到に準備されたモノだったのだろうか。

この暗殺事件には諸説紛々たるものがある。

つい最近の事件であるアメリカのケネディ大統領暗殺事件でも諸説が出るくらいであるから、もう400年も前の出来事である本能寺の変の詳細がわからないのも致し方がない。
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by kenji1942 | 2011-02-11 21:54 | ブログ 信長