天才!信長から歴史の散歩道へ


by tyuzuki715
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織田信長 「人間五十年、下天のうちを比ぶれば・・・・」

 桶狭間の戦いの折、今川軍が鷲津・丸根の砦に攻めかかった事を聞いた織田信長は、一節謡ながら舞うと、猛然と出陣したと言う。

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。
             ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」

 (人間の一生は所詮五十年に過ぎない。
天上世界の時間の流れてくれべたらまるで夢や幻のようなものであり、命あるものはすべて滅びてしまうものなのだ。)

 この謡は「幸若舞・叉は(曲舞・くせまい)」と言う、室町時代から流行しはじめた伝統芸能で演じられる作品「敦盛」の一節なのである。

「敦盛」の粗筋は・・・
時は源平合戦の真っ只中、源の義経(26歳)が率いる源氏の軍勢は、一の谷の崖下に陣を構える平家軍を急襲し、逃げ遅れた一人の武者が源氏方の猛将、熊谷直実(44歳)に捕まった。
直実はこの敵将がいまだ歳若いことに心を痛めたが、もはや逃がす事もかなわぬと、泣く泣く首を打った。少年の名は平の敦盛(16歳)。平の清盛の弟・平の経盛の息子であった。 

 熊谷直実は後に世の無常を観じて出家する事になるのだが、
「人間五十年、夢幻・・・・」は、この熊谷直実の嘆きの言葉なのである。

つまり、元々この台詞は人生のはかなさや世の無常を語るものであり、信長が出陣にあたって口にする「覚悟」の台詞とはいささか赴きがことなるように思える。
信長の場合は「どうせ人生は五十年しかないのだから、死ぬ気になって思い切ってやってやろう」と言った、非常に勇ましい感情がこの言葉に込められているようである。
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by kenji1942 | 2005-07-28 17:50